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Saturday, 31 August 2013

The Asahi Shinbun 1-Sep-2013



あの恐怖、なぜ助かったか…語る 関東大震災から90年

 

写真:関東大震災での被災体験を語る市川ふみ子さん=神奈川県平塚市、杉本康弘撮影拡大関東大震災での被災体験を語る市川ふみ子さん=神奈川県平塚市、杉本康弘撮影
写真:関東大震災での被災体験を語る日高帝さん=東京都目黒区、宮嶋加菜子撮影拡大関東大震災での被災体験を語る日高帝さん=東京都目黒区、宮嶋加菜子撮影
写真:大震災前、病院に勤務していた頃の日高帝さん(前列右側)=本人提供拡大大震災前、病院に勤務していた頃の日高帝さん(前列右側)=本人提供
写真:震災で横浜港周辺の市街地一帯は、がれきの山となった=1923(大正12)年10月ごろ、長島弘氏寄贈、横浜開港資料館所蔵拡大震災で横浜港周辺の市街地一帯は、がれきの山となった=1923(大正12)年10月ごろ、長島弘氏寄贈、横浜開港資料館所蔵
写真:震災後の横浜公園の様子。水道管が破裂し、水浸しとなったことが幸いし、公園に逃げてきた多くの被災者が火災の被害から守られたとされる=1923年9月、横浜開港資料館所蔵拡大震災後の横浜公園の様子。水道管が破裂し、水浸しとなったことが幸いし、公園に逃げてきた多くの被災者が火災の被害から守られたとされる=1923年9月、横浜開港資料館所蔵
写真:旧陸軍被服廠(ひふくしょう)跡では約3万8千人が亡くなった。遺体はその場で火葬された。写真は遺骨を拾う人たち拡大旧陸軍被服廠(ひふくしょう)跡では約3万8千人が亡くなった。遺体はその場で火葬された。写真は遺骨を拾う人たち
写真:旧陸軍被服廠(ひふくしょう)跡(東京都墨田区)では避難した約4万人のうち約3万8千人が亡くなった。空き地を焼死体が折り重なるように埋め尽くした拡大旧陸軍被服廠(ひふくしょう)跡(東京都墨田区)では避難した約4万人のうち約3万8千人が亡くなった。空き地を焼死体が折り重なるように埋め尽くした
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 約10万5千人が犠牲になった関東大震災から9月1日で90年。九死に一生を得たあの日の経験をこの秋、初めて語る人がいる。災害の記憶を手記で伝えようとする人がいる。訴えるのは、備えの大切さだ。
関東大震災 学ぶべき教訓
■火災旋風、人も馬も巻き上げる
 【北林晃治】約4万人が避難し、このうち95%の約3万8千人が地震後の大火で犠牲になったと言われる旧陸軍被服廠(ひふくしょう)跡(東京都墨田区)。神奈川県平塚市の市川ふみ子さん(97)は、生還した数少ない一人だ。
 1923(大正12)年9月1日午前11時58分。墨田区(旧本所区)の自宅で昼食を待っていて、激しい揺れに襲われた。数分おきにやってくる強い余震。押し入れの中でやりすごした。
 両親に連れられ、祖母、幼い弟妹3人とともに家族7人で避難したのが、被服廠跡の空き地だった。約6万6千平方メートルの空き地は避難者でいっぱい。当初、切迫感はなかった。七輪や畳を持ち込む人もいた。自身も家から持ってきた赤飯のおにぎりを家族で食べた。
 「地震が収まるまでということで、すぐに家に帰るつもりでした」
 ところが、晴れていた空が急に暗くなった。「(竜巻の)ウーッという音が聞こえ、だんだん大きくなってきた」。空き地にも火の手が押し寄せていた。
 午後4時ごろ。近くの交差点から竜巻のようなものが大きくなりながら迫ってきた。延焼火災による上昇気流がつくる「火災旋風」だった。次の瞬間、市川さんは巻かれて飛ばされた。
 気づくと、4畳半ほどの大きさの水たまりの中にいた。あちらこちらから炎があがり、火の粉が舞う。手ぬぐいを水に浸して必死によけた。運良く、近くには破裂した水道管があった。
 火災旋風は、人も、馬も、自転車も巻き上げ、地面にたたきつけた。日本髪に火が燃え移った若い女性は、走り出すとそのまま倒れ込んだ。日差しが煙で遮られた暗がりを、炎が照らす。異様な光景だった。熱さでのどが渇いた。
 「目も開けられないし、火を消してあげる人もいない。水くれ、水くれという声ばかりがきこえました」
 両親とはまもなく再会できた。母はおぶっていた10カ月の妹が息絶えていることに、周りの人に言われるまで気づかなかった。妹をおんぶひもでくるみ、そっとその場に置いた。






石原氏「わかりにくい」 都構想に苦言、堺市長選影響も

 【岡本智】日本維新の会石原慎太郎共同代表が31日の党執行役員会で、橋下徹共同代表が推進する大阪都構想について「名称がわかりにくい」などと苦言を呈した。維新は、都構想が争点となる堺市長選(9月15日告示、29日投開票)での勝利に全力を注ぐが、石原氏の発言は選挙戦に影響を与えかねない。
 執行役員会は、大阪の党本部と東京の国会議員団本部をネット中継で結び、堺市長選の応援態勢などを話し合った。橋下氏は公務のために欠席した。
 この場で石原氏は「都構想のどこにメリットがあるのか」と質問。大阪側は「経済特区を持てる」などと説明したが、石原氏は「実感がわかない」。さらに、日本に「都」は複数いらないとの理由から「大阪都」の名称変更を迫ると、松井一郎幹事長が「今から名前を変えるわけにはいかない」などと拒否したという。石原氏は役員会後、周辺に「これでは応援に来てくれって言われても(都構想について)話しにくい」と不満を漏らした。 






「反日」中国の実情は 在中日本人108人が体験記

 

写真:在中日本人が出版した「それでも私たちが中国に住む理由」拡大在中日本人が出版した「それでも私たちが中国に住む理由」
写真:「それでも私たちが中国に住む理由」の出版記念パーティーで中国への思いを話す執筆者=30日、北京市内、林望撮影拡大「それでも私たちが中国に住む理由」の出版記念パーティーで中国への思いを話す執筆者=30日、北京市内、林望撮影
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 【北京=林望】昨年、中国各地で広がった反日デモを体験した日本人たちが「在中日本人108人の それでも私たちが中国に住む理由」(阪急コミュニケーションズ)を出版した。日本で報道された過激な「反日」と、生活者として見聞きした現実の大きなギャップを描いている。
 製品のボイコットに悩んだ日系企業幹部、中国人の父と日本人の母を持つ上海の高校生など、中国の18都市に暮らす108人が中国人との交わりを通して見た等身大の中国観を書いた。
 昨年9月の尖閣諸島国有化の後、タクシーで乗車拒否されたり、人混みで日本語を話すのをためらったり、中国在住の日本人はそれぞれ苦い思いをした。それでも「政治は政治」と冷静に事態を見守り、気遣いを示してくれた中国人は少なくなかった、という。






現場歩くと… 暗闇1キロ、人通りなし 三重・中3殺害


写真:友人と別れた交差点。友人は右へ曲がり、女子生徒は前方へ歩いて行った。人通りはまったくない=三重県朝日町拡大友人と別れた交差点。友人は右へ曲がり、女子生徒は前方へ歩いて行った。人通りはまったくない=三重県朝日町
写真:遺体が見つかった空き地。明かりがなく、真っ暗だった=三重県朝日町拡大遺体が見つかった空き地。明かりがなく、真っ暗だった=三重県朝日町
図:事件があった周辺の地図拡大事件があった周辺の地図
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 三重県朝日町の空き地で、中学3年の女子生徒、寺輪博美さん(15)が殺害されて見つかった事件で31日、通夜が営まれた。遺体発見現場でも、死を悼む人の姿があった。無念は、いかばかりか――。記者は、遺体発見現場までの女子生徒の行動をたどった。
     ◇
 【緒方雄大、森直由】30日の夜、事件が起きたのと同じ時間帯に、記者は、女子生徒が見に行った花火大会の会場近くから、遺体が見つかった現場までを歩いた。
 午後8時、JR関西線富田駅(三重県四日市市)=(1)=近くのホームセンター。2階の屋上駐車場は車も少なく、静まり返っていた。
 県警によると、女子生徒は25日夜、友人と2人で、ここから花火を眺めた。四日市港であった花火大会には、約3万8千人が訪れていた。
 富田駅から午後10時26分発の名古屋行きに乗る。電車は4両編成。乗客は1両に2、3人。朝日駅(三重県朝日町)=(2)=まではわずか1駅、3分ほどで着いた。下車した人は、ほかにいなかった。
 女子生徒も同じ電車に乗ったとみられる。4分遅れで到着し、女性数人が下車したという。





「茅ケ崎に生まれ幸せ」桑田佳祐さん故郷でサザンライブ


写真:会場に集まった大勢のファン。海岸には歌声だけでも聞こうという人たちも=31日午後、茅ケ崎市、本社ヘリから、遠藤啓生撮影拡大会場に集まった大勢のファン。海岸には歌声だけでも聞こうという人たちも=31日午後、茅ケ崎市、本社ヘリから、遠藤啓生撮影
写真:茅ケ崎のライブで歌う桑田佳祐さん=ビクターエンタテインメント提供拡大茅ケ崎のライブで歌う桑田佳祐さん=ビクターエンタテインメント提供
写真:会場に集まった大勢のファン。海岸には歌声だけでも聞こうという人たちも=31日午後、茅ケ崎市、本社ヘリから、遠藤啓生撮影拡大会場に集まった大勢のファン。海岸には歌声だけでも聞こうという人たちも=31日午後、茅ケ崎市、本社ヘリから、遠藤啓生撮影
写真:ライブ会場には大勢のファンが駆けつけた。奥は湘南の海岸と江の島=31日午後、茅ケ崎市、本社ヘリから、遠藤啓生撮影拡大ライブ会場には大勢のファンが駆けつけた。奥は湘南の海岸と江の島=31日午後、茅ケ崎市、本社ヘリから、遠藤啓生撮影
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 5年ぶりに活動を再開したサザンオールスターズが31日、桑田佳祐さん(57)の故郷、神奈川県茅ケ崎市でライブを開いた。「お帰りなさい」と書かれた看板が街じゅうに掲げられる中、桑田さんに服部信明市長から市民栄誉賞が贈られた。
 全国5カ所を回る野外スタジアムツアーの一環で、茅ケ崎でのライブは13年ぶり。全国から約2万人が詰めかけ、さらに入り切れない人たちが会場周辺を埋め尽くした。
 「勝手にシンドバッド」など茅ケ崎ゆかりの歌が披露される中、服部市長がステージに登場。「長年にわたって茅ケ崎、湘南の魅力を国内外に発信していただいた」と盾を渡すと、ファンから大歓声が起きた。
 桑田さんは「(市民栄誉賞のことを)最初に聞いた時は、トイレでしゃがんで思わずガッツポーズしましたね」と笑わせ、「茅ケ崎に生まれた幸せ、誇りを胸に刻みたい。亡くなった父、母、姉にも見せたかったなあ」と話した。
 ライブは1日もあり、市役所西側駐車場でパブリックビューイングも予定されている。





シリア攻撃「議会に承認求める」 オバマ大統領が表明

 

写真:シリア攻撃の意向を表明するオバマ米大統領(右)。左はバイデン副大統領=31日、AP拡大シリア攻撃の意向を表明するオバマ米大統領(右)。左はバイデン副大統領=31日、AP
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 【ワシントン=大島隆】米国のオバマ大統領は8月31日、ホワイトハウスで声明を発表し、シリア化学兵器使用について「米国は武力行動をとるべきだと決断した」と述べ、シリアに対する限定的な武力行使に踏み切る意向を表明した。一方で、議会の承認を求めることも表明。武力行使するとしても、議会が再開する9月9日以降の可能性が高まった。
緊迫シリア情勢
 オバマ氏は武力行使について、「無期限の介入ではなく、地上での戦闘もしない。期間や範囲を限定したものだ」と述べ、限定的な武力行使だと強調した。
 さらに「攻撃は明日でも、来週でも、1カ月後でも実行できる」とする一方で、「武力行使について米国民の代表である議会の承認を求める」とも明言。すでに議会指導部と話し合い、議会での討論と投票をすることで一致していると明らかにした。
 議会は現在休会中で、9日に再開予定。上院は再開を前倒しする可能性も残されているが、ベイナー下院議長は予定通り9日に下院を再開する予定を表明した。このため、一両日中の武力行使の可能性は極めて低くなり、攻撃は9日以降の可能性が高まった。
 オバマ氏は「私には議会の承認なしに軍事行動をとる権限があるが、こうしたやり方をとるほうが、我々の行動はより効果的なものになる」と述べ、国民と議会に武力行使への支持を訴えた。
 一方で、仮に議会が否決しても武力行使に踏み切るかどうかについては、言及しなかった。上院は民主党が過半数を占めるが、下院は共和党が過半数を握る。ただ、民主党共和党内ともに攻撃に賛否両論がある。このためオバマ政権の上層部は、世論の理解を求めると同時に、議会の説得に全力を挙げる構えだ。







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