水中砲、選手の通話記録… ソチ五輪のテロ対策、超厳戒
【モスクワ=駒木明義】ロシアで来年2月7日に始まるソチ冬季五輪は、過去に例がない超厳戒態勢の中で開かれる。無人飛行機が空を舞い、特殊部隊が海中に潜む。プーチン大統領は威信をかけて「完全で絶対的な安全の保証」を訴えているが、テロ対策を名目に個人の携帯電話やメールを監視する準備も進む。
総予算20億ドル(約2千億円)とも言われる安全対策の全容は不明だが、治安当局が次々に導入している新鋭の装備などから、その一端がうかがわれる。
フィギュアスケートやアイスホッケーの会場が並ぶ五輪公園が面する黒海で、テロリストの侵入に備える特殊部隊員が身につけるとみられているのが、吐いた息をすべて循環させる特殊な潜水具だ。水中で泡を出さないため、隠密行動に最適。国防省が最近76セットを1億2300万ルーブル(約3億8千万円)で購入したと伝えられた。またイズベスチヤ紙は、ロシア内務省が特殊な水中砲2基を2400万ルーブルで導入するとの計画を伝えた。侵入者に電気的な衝撃を与えて無力化する兵器だという。
総予算20億ドル(約2千億円)とも言われる安全対策の全容は不明だが、治安当局が次々に導入している新鋭の装備などから、その一端がうかがわれる。
フィギュアスケートやアイスホッケーの会場が並ぶ五輪公園が面する黒海で、テロリストの侵入に備える特殊部隊員が身につけるとみられているのが、吐いた息をすべて循環させる特殊な潜水具だ。水中で泡を出さないため、隠密行動に最適。国防省が最近76セットを1億2300万ルーブル(約3億8千万円)で購入したと伝えられた。またイズベスチヤ紙は、ロシア内務省が特殊な水中砲2基を2400万ルーブルで導入するとの計画を伝えた。侵入者に電気的な衝撃を与えて無力化する兵器だという。
在コンゴ大使館放火容疑、日本人書記官を逮捕へ 警視庁
アフリカのコンゴ民主共和国(旧ザイール)で6月に日本大使館が半焼した火災で、警視庁は、当時勤務していた30代の日本人3等書記官の男が放火し
た疑いが強まったとして、現住建造物等放火容疑で週内にも逮捕する方針を固めた。捜査関係者への取材でわかった。3等書記官が着服を隠蔽(いんぺい)する
目的で放火した疑いがあるとみて調べる。
3等書記官は6月20日午後7時40分ごろ、コンゴの首都キンシャサにある民間オフィスビル3、4階に入る日本大使館に火を付け、4階部分を半焼させた疑いがもたれている。火災の直前、3等書記官とよく似た男が大使館に入る様子が周辺の防犯カメラに映っていたという。
外務省関係者の話では、外務省はコンゴ警察側に「職員が横領を隠すために放火した疑いがある」と説明しているという。
福島事故直後に「原子力再生」 経産省が機密文書
2011年3月に東京電力が福島第一原発事故を起こした直後、経済産業省が「原子力の再生」や「原発輸出の再構築」をめざす内部文書をつくっていたことがわかった。事故の混乱が続いている最中にもかかわらず、原発推進政策の維持を図ろうとしていた。
朝日新聞は、3月下旬の日付で情報管理が必要な「機密」扱いの「原子力エネルギー再復興へ向けて」と題する文書を入手した。関係者によると、原発にくわしい幹部がつくり、エネルギー政策にかかわる幹部級に配られた。事故後の方針を確認したり政策を立案したりするたたき台の一つになったという。
冒頭の「趣意」には「原子力なきエネルギー安定供給は成り立たない」「原子力存続に向けた政府の再決意を表明する」と書かれている。そのうえで「原子力再生を果たし、インフラ輸出基盤を再構築」と記し、原発の維持と輸出促進を確認した。「経産省の再生そのもの」とも強調し、最重要政策に位置づけている。
マラソン川内、太りすぎ悔やむ 「理想より4キロ増」
第67回福岡国際マラソンで日本人トップの3位に入った川内優輝(埼玉県庁)がレースから一夜明けた2日、取材に応じ、「体重が理想より4キロ増え、レースの前半は体が重かった」と悔やんだ。直前1カ月の走り込み量が普段の600キロに届かず、体を絞りきることができなかったという。
レース後に軽いランニングをして温泉に入り、「疲労はだいぶ取れた」と笑顔。来年3月のびわ湖毎日で記録を狙うという。「今度こそ(自己ベストを更新する)2時間7分台を出したい」と意気込んだ。
みちのくプロレス20年 個性派レスラー地域密着
【野津彩子】東北にプロレス文化を、と旗揚げした「みちのくプロレス」(みちプロ)が20周年を迎えた。地域密着にこだわる興行は2千回、集めた
観客は延べ125万人に上る。この間、東日本大震災があった。経営も苦しい。それでも、個性豊かなレスラーたちが地域を盛り上げようと体を張っている。
「のはしー!」
子どもらの声援が飛ぶ。リング上には、身長159センチの自称「日本最小レスラー」の野橋太郎(31)と顔を緑に塗ったこわもて米国人レスラー。「バンッ」。2人の体がぶつかり合い、汗が観客席に飛び散る。
16日夜、盛岡市の西隣、岩手県滝沢村にある幼稚園の体育館。ブルーシートを敷いただけの観客席は約150人で「満席」だ。今月4日にあった20周年記念大会に出た選手らがコミカルな動きを見せると、どっと笑いが起きた。
チケットは500円。子どもやお年寄りは無料だ。復興応援ソングの熱唱やプロ野球・楽天の日本一を祝う菓子まきもあり、レスラー手作りのおでんが振る舞われた。
村の団体職員、武田透さん(53)は20年前から通う。席はいつも最前列。お目当ては覆面レスラーのザ・グレート・サスケ(44)。「仕事で失敗したときは、最後まで粘るサスケの姿を思い浮かべて励みにしています」
盛岡市の主婦浅沼春子(しゅんこ)さん(49)は知的障害がある長男(25)と一緒だ。両親が障害者のフジタ“Jr”ハヤト(27)にひときわ大 きな声援を送る。小学生だった長男にせがまれたのが会場に足を運ぶきっかけ。「長男が願望をはっきり伝えてくれたのがうれしくて」。今では「興奮しすぎ」 と長男にたしなめられるほどの熱烈なファンだ。
興行の約半分が県内だ。地元の人たちにとってレスラーはヒーローであり、時に自分自身でもある。
■経営、借金ずしり
みちプロは、全国の「ご当地プロレス」の先駆けだ。サスケが1993年に出身の盛岡市で旗揚げした。原点は本場・メキシコでの修行にあるという。各地域に常設リングがあり、夕食後に家族そろって観戦に繰り出す。「そんな文化を古里にも」と考えた。
市町村営の体育館やデパートの屋上、民間の駐車場を借りて興行した。年に150回。96年に各プロレス団体の軽量級の代表が集まる勝ち抜き戦でサスケが優勝すると全国から注目を集め、各地に次々と団体ができた。
だが、2000年代に入ると、プロレス人気は下火に。みちプロも観客約70人という日も少なくなかった。サスケが岩手県議に転身した03年ごろには、運営会社としてのみちプロの借金は1億円を超えていた。
「のはしー!」
子どもらの声援が飛ぶ。リング上には、身長159センチの自称「日本最小レスラー」の野橋太郎(31)と顔を緑に塗ったこわもて米国人レスラー。「バンッ」。2人の体がぶつかり合い、汗が観客席に飛び散る。
16日夜、盛岡市の西隣、岩手県滝沢村にある幼稚園の体育館。ブルーシートを敷いただけの観客席は約150人で「満席」だ。今月4日にあった20周年記念大会に出た選手らがコミカルな動きを見せると、どっと笑いが起きた。
チケットは500円。子どもやお年寄りは無料だ。復興応援ソングの熱唱やプロ野球・楽天の日本一を祝う菓子まきもあり、レスラー手作りのおでんが振る舞われた。
村の団体職員、武田透さん(53)は20年前から通う。席はいつも最前列。お目当ては覆面レスラーのザ・グレート・サスケ(44)。「仕事で失敗したときは、最後まで粘るサスケの姿を思い浮かべて励みにしています」
盛岡市の主婦浅沼春子(しゅんこ)さん(49)は知的障害がある長男(25)と一緒だ。両親が障害者のフジタ“Jr”ハヤト(27)にひときわ大 きな声援を送る。小学生だった長男にせがまれたのが会場に足を運ぶきっかけ。「長男が願望をはっきり伝えてくれたのがうれしくて」。今では「興奮しすぎ」 と長男にたしなめられるほどの熱烈なファンだ。
興行の約半分が県内だ。地元の人たちにとってレスラーはヒーローであり、時に自分自身でもある。
■経営、借金ずしり
みちプロは、全国の「ご当地プロレス」の先駆けだ。サスケが1993年に出身の盛岡市で旗揚げした。原点は本場・メキシコでの修行にあるという。各地域に常設リングがあり、夕食後に家族そろって観戦に繰り出す。「そんな文化を古里にも」と考えた。
市町村営の体育館やデパートの屋上、民間の駐車場を借りて興行した。年に150回。96年に各プロレス団体の軽量級の代表が集まる勝ち抜き戦でサスケが優勝すると全国から注目を集め、各地に次々と団体ができた。
だが、2000年代に入ると、プロレス人気は下火に。みちプロも観客約70人という日も少なくなかった。サスケが岩手県議に転身した03年ごろには、運営会社としてのみちプロの借金は1億円を超えていた。
旧日本軍のトンネルに避難、24人無事 フィリピン台風
【ブラウエン=佐々木学】台風30号で多数の死者が出たフィリピン中部レイテ島で、太平洋戦争中に旧日本軍がつくった地下トンネルに24人が避難し、助かっていたことがわかった。地元住民にとって忌まわしい占領時代の遺物が、シェルターとして役だった。
レイテ島中部ブラウエン。倒れたココナツの木が並ぶガマイ村の山の斜面に、高さ約2メートル、幅約1・5メートルの穴が二つあいている。コの字形 の地下トンネルの入り口と出口だ。内部はコンクリートで固められ、暗く、ひんやりとしている。長さは25メートルほどで、途中に2畳ほどの部屋が二つあっ た。
フロレンシオ・イチョン村長(62)によると、旧日本軍が占領時代につくったもので、米軍との戦闘の前線拠点などとして使われていた。
台風が上陸した11月8日朝、周囲から人々がトンネルに集まりだした。様子を見に来た近所の女性(30)によると、暴風で屋根がなくなった家の住民ら計24人だった。トンネル内には雨も風も入り込まず、住民らは台風が去るのを待って自宅に戻ったという。
イチョン村長(62)の父は抗日ゲリラだった。旧日本軍の話を父から聞いており、「トンネルは恐ろしい時代を連想させる存在だった。それが村人の命を救うとは」と複雑な表情を浮かべた。
レイテ島中部ブラウエン。倒れたココナツの木が並ぶガマイ村の山の斜面に、高さ約2メートル、幅約1・5メートルの穴が二つあいている。コの字形 の地下トンネルの入り口と出口だ。内部はコンクリートで固められ、暗く、ひんやりとしている。長さは25メートルほどで、途中に2畳ほどの部屋が二つあっ た。
フロレンシオ・イチョン村長(62)によると、旧日本軍が占領時代につくったもので、米軍との戦闘の前線拠点などとして使われていた。
台風が上陸した11月8日朝、周囲から人々がトンネルに集まりだした。様子を見に来た近所の女性(30)によると、暴風で屋根がなくなった家の住民ら計24人だった。トンネル内には雨も風も入り込まず、住民らは台風が去るのを待って自宅に戻ったという。
イチョン村長(62)の父は抗日ゲリラだった。旧日本軍の話を父から聞いており、「トンネルは恐ろしい時代を連想させる存在だった。それが村人の命を救うとは」と複雑な表情を浮かべた。
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