終戦信じず生き抜く 帰国後「自然塾」 小野田さん死去
奇跡の生還から40年。終戦を知らないままフィリピン・ルバング島に潜伏して戦い続け、1974年に救出された小野田寛郎さんが91歳で亡くなった。帰国後は子どもたちに「生きる意思の大切さを伝えたい」と自然の中での活動を続けた。ゆかりの人たちが死を悼んだ。
東京都中央区の小野田さん宅で取材に応じた妻の妹の小貫和子さん(69)によると、小野田さんは6日に風邪で体調を崩して入院。直前まで問いかけにうなずいていたが、16日夕方に眠るように亡くなったという。
「先月もブラジルに渡航して自ら経営する牧場を見に行くなど元気だったのですが……。自分に厳しく、他人に優しいところは最後まで変わらなかった。ありがとうと言いたい」と涙ながらに語った。
東京都中央区の小野田さん宅で取材に応じた妻の妹の小貫和子さん(69)によると、小野田さんは6日に風邪で体調を崩して入院。直前まで問いかけにうなずいていたが、16日夕方に眠るように亡くなったという。
「先月もブラジルに渡航して自ら経営する牧場を見に行くなど元気だったのですが……。自分に厳しく、他人に優しいところは最後まで変わらなかった。ありがとうと言いたい」と涙ながらに語った。
船内で作業中の2人倒れる 1人意識不明 山口
17日午前7時45分ごろ、山口県山陽小野田市の
小野田化学工業小野田工場から「船の中で男性が倒れて意識がない」と119番通報があった。県警山陽小野田署などによると、工場西側の港に接岸された船の
中で69歳と72歳の男性が酸欠状態で倒れており、1人は意識不明、もう1人は意識が回復しつつあるという。船からリン鉱石を積み下ろす作業中だったらし
い。
味の素川崎事業所の工場から黒煙 設備工事中に出火
オウム裁判、テレビ番組を証拠採用 NHKが抗議へ
オウム真理教元幹部平田信被告(48)の16日の初公判で、弁護側がオウム真理教に関する1988年放送のNHK番組の映像を証拠として請求し、東京地裁が採用した。宗教にひかれる若者たちを特集した番組で、平田被告や井上嘉浩死刑囚(44)の姿があったという。NHKによると弁護側から事前の連絡はなく、地裁に対して事実認定の証拠としないよう要請し、弁護団に抗議する方針。
教訓を次世代へ 阪神大震災から19年、各地で追悼
阪神大震災が起きてから19年となった17日、各地で被災者らが追悼の祈りを捧げた。街の復興は進んだ一方、震災を知る人たちの高齢化に伴う「記憶の風化」への懸念が広がる。20年目に向けて教訓をどう語り継ぎ、次の災害に備えるかが問われている。
神戸市の東遊園地では、午前5時から「1・17のつどい」が開かれた。園内のガス灯「希望の灯(あか)り」の火が「1・17」の形に並べられた約1万本の竹灯籠(どうろう)に移され、被災者や市民らが地震が起きた時刻に合わせて黙禱(もくとう)した。希望の灯りは東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島県内の計5カ所にも分灯されており、東北の地でも早朝に追悼の集いがあった。
東遊園地では、震災で父を亡くし、全国の災害慰霊碑を巡ってきた上西勇さん(86)=神戸市東灘区=が遺族代表として「一基一基の慰霊碑から、『私たちと同じような目に遭わないでください』と語りかけてくるようでした」と述べ、震災の教訓を伝えていくことの大切さを訴えた。
神戸市の東遊園地では、午前5時から「1・17のつどい」が開かれた。園内のガス灯「希望の灯(あか)り」の火が「1・17」の形に並べられた約1万本の竹灯籠(どうろう)に移され、被災者や市民らが地震が起きた時刻に合わせて黙禱(もくとう)した。希望の灯りは東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島県内の計5カ所にも分灯されており、東北の地でも早朝に追悼の集いがあった。
東遊園地では、震災で父を亡くし、全国の災害慰霊碑を巡ってきた上西勇さん(86)=神戸市東灘区=が遺族代表として「一基一基の慰霊碑から、『私たちと同じような目に遭わないでください』と語りかけてくるようでした」と述べ、震災の教訓を伝えていくことの大切さを訴えた。
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