「2口吸ったら意識飛んだ」 粗悪薬物、ギリシャ蔓延
【アテネ=石田博士】緊縮策によって不景気が深刻化しているギリシャで、「シーシャ」と呼ばれる粗製の合成薬物が広がっている。1回分1ユーロ(130円)ほど。生活苦から逃れようと、安価な薬物にひとときの快楽を求める人々が増える一方、対策のための政府予算は削られている。
パルテノン神殿のあるアテネ中心部の観光地区から車で10分ほど走っただけで風景は一変する。立ち小便とごみの臭いが漂う街角で、うわごとを口走る男たち。目の焦点は合っていない。外国人も多い。
「経済危機で、街にホームレスや売春婦が目立って増えた。彼らにシーシャは広がっている」。薬物対策のNGO「ケテア」職員のエレーニさんは言った。
シーシャ。中東で広く「水タバコ」を意味する言葉だが、ギリシャでは今、覚醒剤にバッテリー液やエンジンオイルを混ぜてつくられる粗雑な合成薬物の総称として使われている。
ケテアによると、70種類以上が確認されている。多くが「自家製」だ。大麻やヘロイン、コカインなどのほかの薬物より、刺激が強い。しかも安い。
混ぜものが多い分、体への悪影響は大きい。使用者は心臓発作や不眠に悩まされる。攻撃的になり、意識が混濁した状態で殺傷事件を起こす者もいるという。
「シーシャは最悪だ。危なすぎる」。イラン出身のイスマイルさん(29)は、ケテアが運営するデイケアセンターでつぶやいた。
煙草に混ぜて2口ほど吸っただけで意識が飛んだ。同居の兄弟に後で聞くと、4日間眠ることなく部屋でうめいていたという。
「一人なら死んでいた」
そんな体験をしながらも、薬物がやめられない。16歳の時にトルコから徒歩でギリシャに入った。縫製工場などで働いてきたが、経済危機で仕事がなくなった。2008年ごろまでは時給4ユーロ(520円)は得られたが、今は時給1ユーロ(130円)の仕事にありつくのがやっとだという。
目の前の苦しさから逃れようと、多くの薬物に手を染めた。今は朝と夜にヘロインを使う。シーシャよりはましだと思う。「落ち着ける。自分には薬なんだ」
シーシャの蔓延(まんえん)と、感染症の流行を防ぐため、ケテアは昨年9月から注射針の交換サービスを始めた。薬物常習者が持ち込んだ使用済みの注射針を、その本数だけ新品と交換する。
注射の回し打ちによる感染症の流行を防ぐ。同時に接触を保つ中で、薬物の危険性を伝えていく。夜の街を巡回するエレーニさんは「彼ら弱者を敵視、蔑視して排除しても、問題は深刻化するだけだ」と話した。
■緊縮策、国連が警告
ルミナ氏によると、国民の10%以上が、1日の生活費が1ドル以下の極端な貧困状態にある。一方で、社会保障の予算は削られ、現在は3分の1が国民健康保険制度を利用できていない。ケテアへの補助金も減り、職員の解雇を迫られた。
「欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)による緊縮策は社会の基盤を壊し、結果的にコスト増になっている。過去の他国の例から、彼らは前もって分かっていたはずなのに、現実を無視した」とケテアのプロプロス代表は力説する。
人口1100万人のギリシャに今、ケアを必要とする重篤な薬物依存者が約3万人いる、という。薬物依存者を放置すれば、中毒を起こしたり、感染症を広げたりする。殺傷事件を起こす者もいる。それに対応するコストは、予防のコストの6倍以上だという。
プロプロス代表は「国民心理の落ち込みは、第2次大戦でナチスドイツに侵略された時期に匹敵している」と話した。
日本勢初の9秒台、間近か 指導法向上、競い合う2人
陸上男子100メートルで、日本勢初の9秒台に期待が高まっている。1968年にジム・ハインズ(米)が人類で初めて10秒の壁を突破してから45年。己の肉体だけで勝負する世界で、偉業はなるか。
4月29日の織田幹雄記念国際大会で、京都・洛南高3年の桐生祥秀(よしひで)(17)がジュニア世界記録に並ぶ10秒01をマーク。10秒07の自己ベストを持つロンドン五輪代表で慶大3年の山県(やまがた)亮太(20)も追い風参考ながら10秒04で走った。9秒台が一気に現実味を帯びた。
日本記録の10秒00は98年バンコク・アジア大会で伊東浩司が出した。準決勝だったため、最後は力を抜いており、体を10センチ前に倒していれば、9秒台だったと言われる。以後、朝原宣治や末続慎吾らが10秒0台で走ったが届かなかった。「誰が出してもおかしくなかった。ただ、10秒を壁として意識し過ぎた」と、日本陸上競技連盟の原田康弘強化委員長(58)は話す。
円安、値上げ直結 iPad・食パン・電気代…
安倍政権の経済政策「アベノミクス」の影響が、家計や企業にはっきりと広がり始めた。円安は輸出企業にとっては利益拡大につながり、企業の生産活動は好調だ。しかし、アップルの「iPad」やパソコンは値上がりし始めた。住宅ローン金利は、2カ月連続で上昇する。明暗が鮮明になりつつある。
「予告もなく値上げなんてひどいじゃないか!」。31日午後、東京・銀座のアップルの直営店で男性客が店員に詰め寄っていた。アップルが同日午前、円安を理由にタブレット端末の「iPad」などを突然値上げしたからだ。
値上げ幅は最大で1万3千円。目当ての機種が3万円台から4万円台に値上がりしたという女性客は、「考える時間を置きます」と店を去った。直営店以外の家電量販店では対応が間に合わず、31日は価格を据え置いたが、早期に値上げする方針だ。
横須賀の米空母、15年にも交代 後継は新鋭艦を配備か
米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)に配備されている原子力空母ジョージ・ワシントン(GW)について、米海軍が2015年をめどに別の空母と交代させる方針であることがわかった。後継には、東日本大震災後の米軍による救援活動「トモダチ作戦」に参加したロナルド・レーガンが有力視されているという。
米海軍が現在保有する空母10隻はすべて「ニミッツ級」と呼ばれる原子力推進型。03年就役のロナルド・レーガンは2番目に新しい。新鋭艦を日本に引き続き配備することで、日米同盟への強い関与とアジア太平洋地域での存在感を示す狙いがあるとみられる。
米海軍の現有空母は、艦齢が約50年で設計されており、退役までに一度、原子炉2基の核燃料棒の交換を含め、3年にわたる大規模工事を受ける。1992年就役で2008年に横須賀に配備されたGWは、この工事のために米本土に戻る。
女性宮家「議論早めに」 単独取材に彬子さま・瑶子さま
【島康彦】「ヒゲの殿下」と親しまれた寛仁(ともひと)さまが逝去して6月6日で1年。長女・彬子(あきこ)さま(31)と次女・瑶子(ようこ)さま(29)が朝日新聞の単独取材に応じ、「皇族としての公務の意義を改めて感じています」「父の思いを自分の言葉で伝えていくことが親孝行」と語った。
女性皇族が結婚後も皇籍にとどまる「女性宮家」創設の議論について、彬子さまは「国民のみなさんが決めること」と前置きした上で、「女性皇族にとって非常に大きな問題で、一般の方との結婚に影響するかもしれません。早いうちに議論を進めていただければ」と話した。
現在、未婚の女性皇族は8人。現行の皇室典範では、女性皇族は結婚で皇室を離れることになる。寛仁さまからは「結婚したら民間人になり皇室の外に出る身だから社会を知りなさい」と教育されたという。
安倍政権発足後、女性宮家創設の議論は進んでいない。彬子さまは、女性宮家ができれば女性皇族にとって人生の転換点になるという認識だ。瑶子さまも「父の望みは、私が一般の方と結婚して子供を産んで、あたたかい家庭を築くことでした。私もそれを望んでいます」と打ち明けた。
この1年、寛仁さまの公務を引き継ぎ、彬子さまは主に国際交流、瑶子さまは社会福祉の行事に出席してきた。彬子さまは「父が築いてきたもの、その思いを少しでも引き継ぐのが一番大きい目標」という。瑶子さまは「これから何年続くか分からない皇族の人生の中で、父のように『こういう人だった』と印象に残る仕事をしたい」と話した。
主な内容は以下の通り。
◇
――寛仁さま逝去から6月6日で1年になります
(彬子さま)お帰りにならないのはいまだに信じられない気持ちです。本当にいらっしゃらないんだなという実感をもって感じるところはあるのですが、何となく受け入れきれないような気持ちもあって、複雑な気持ちです。
(瑶子さま)ずっと一緒に暮らしてきましたので、一番はさみしいなあというのがあって。儀式があるときはそのことに集中しているので意識しないのですが、結婚式でお父さんが泣いているシーンをテレビなどで見ると、父に会いたいと感じたり、父の映像が流れると、ああ本当にいなくなってしまわれたんだなと思います。「あのころはこうだった」という思い出話をされると、やはり悲しい気持ちと悔いの残る気持ちなど、いろいろあります。
――瑶子さまはお父さまが亡くなるまで病院に付き添いました
(瑶子さま)亡くなった後より、父の看病をしているときの方がつらいものがあり、でもそれを経験したからこそ強くなれた部分もあります。最期まで父はよく頑張ったと感じます。
――寛仁さまの公務をお二人で引き継いでいますね
(彬子さま)妹と分担していますが、これをお一人で全部なさっていたということに、改めてすごいなと思いました。公務などに行く先々で父の思い出話をするにつけ、殿下に怒られたとか、ご注意をいただいたとか、お酒を飲んで笑っていらっしゃったという話をよくうかがうのですが、どこにいても裏表なく接していらっしゃった父の姿が浮かんで、見習わなければと思います。
――公務をどう分担していますか
(彬子さま)私は自分にかかわりがある事柄、父の生前からも携わらせていただいていた、スキーや自転車、英国やトルコのお仕事などを続けてやらせていただいて、妹は社会福祉関係を中心として分担しています。
(瑶子さま)社会福祉のお仕事は、障害者の方や事務局の方々にとって父がとても近い存在であったことが感じられる場所です。
――お家のことで何か決めなければならないときは
(彬子さま)私は割と大ざっぱで細かいところまで目が行き届かないことがあるんです。そういうとき妹が父譲りでいろいろ気がついて言ってくれるんですね。随所に目を配ってくれるのでありがたいです。
――瑶子さまはお父様に似ているんでしょうか
(瑶子さま)最近特に公務に行くと、お父さまに似てきましたねと言われます。私はごあいさつなどは自分で考えるのですが、「殿下〈寛仁さま〉がおっしゃっているみたいだ」と言われると、父の子なんだなと感じます。小さいころは「ヒゲなんて生えてない」と泣いた記憶がありますが、「殿下の面影とかオーラありますね」と言っていただいて、今となってはよかったなという気がします。
――亡くなったとき、遺品の愛用の財布から、彬子さまが幼稚園のころにプレゼントした折り紙が見つかったそうですね
(彬子さま)ええ。副葬品として墓所に入れましたが、自分のカメラで撮影して保存しています。
――瑶子さまの思い出の品はありますか
(瑶子さま)父がトレーニングで使っておられたヘアバンドがあって。三つ編みのねじねじになった、すごくカラフルなもので、父しか使えないだろうなというものやトレーナーなどです。
(彬子さま)副葬品を選ぶとき、私と妹の視点は全然違いました。私は父が使っていらした原稿用紙、万年筆、老眼鏡とか。妹はヘアバンドや読みかけの「ゴルゴ13」。
(瑶子さま)「ゴルゴ13」全巻を入れたいと思ったのですが、重いので、読みかけのものを入れました。天国でも続きが読めると思って。
――お父さまへの愛情を感じます
(彬子さま)よく買い物に連れて行ってくださいました。「その服は見飽きた、買いに行くぞ」って。父の見立てでずいぶんと服を買っていただいた。友人たちに話すと「お父さんと服を買いに行くの。信じられない」と言われました。
――買っていただいたものは、今も身につけているんですか
(瑶子さま)ええ、たくさんあります。
(彬子さま)父が危篤になられた際、私は外国から帰ってきて病院に向かいました。最期に看取(みと)ったときの服は、全身父が買ってくださったものでした。
――一時報道などで話題にもなった「女性宮家」についてはどうお考えでしょうか
(彬子さま)私どもは、結婚したら降嫁して民間人になる身なのだからということで育てられてきましたし、いまだにそう思っています。ただ女性皇族にとって「女性宮家」の問題は非常に大きな問題です。もしかしたらこのことが自身の結婚に影響するかもしれません。あくまでも決めるのは国民のみなさんですが、早いうちに議論が進められた方がいいのではないかと思います。
――お二人とも結婚したら民間人になると寛仁さまから言われたそうですが、それについて何かアドバイスを受けましたか
(彬子さま)電車で学校に通うことだったり、お小遣いをいただいたり。ジュース代や文房具代、ご飯代でいくらと「予算案」を計上し、父にお小遣いをいただくという制度だったんです。民間に行く身だからということで父がやってくださったことだろうと。
(瑶子さま)「お前は外に出る身なのだから、一般常識や社会を知れ」ということで、私は剣道部で上下関係を学んでいましたが、日赤(日本赤十字社)に入って会社とはどういう組織体系なのか、どのように仕事を進めていくのかなど、いろいろ学びました。一般に嫁ぐ身と思えばいい経験をしたと今は思っています。
――ご結婚したいという希望はありますよね
(彬子さま)はい、私は。たぶん妹も。
(瑶子さま)私は小さい頃から、結婚しますと父に言ってましたから。
(彬子さま)結婚して名字が欲しいってね。
(瑶子さま)だったら男遊びしろと、よく父に言われました(笑)。
――民間人になって家庭を持ちたいという希望があったんですね
(瑶子さま)剣道では、垂れに名字を入れるので、私の場合「瑶子女王」と書かれるのですが、目立ってしまうこともあり居心地としてはよくなかったです。日赤では「三笠瑶子」という名前を使い、「三笠です」と電話を受けていたので少し気楽でした。振り返られない名前で、一般の家庭に嫁ぐのが自分の望んだ一番の夢であり、実現したいもので、父にも昔からお伝えしてきました。女性宮家という問題が出てきて、皇室に残る立場になったら、当然受け入れるわけですが、今まで過ごしてきた環境からすると、結婚して、子供を産んで、あったかい家庭をつくりたいというのはあります。
――寛仁さまはお二人のしたいようにしなさいというお考えだったと聞きました
(彬子さま)「おまえたちが好きなようにやりなさい」って。
(瑶子さま)「おれが認める男性をちゃんと連れてこい」というぐらいでしょうか。私は父と性格や好みも似ているので、父が「ダメ」という人は連れてこないという勝手な自信はありました(笑)。
――皇族女性の結婚に国民の期待が高まっていますが、お二人はいかがですか
(彬子さま)今すぐにはみなさんのご期待に応えられそうにありません(笑)。ただ昔父に言われたのは、私は女王の中で最年長で、結婚したら戦後初めての女王の結婚になる。前例になるので責任は重大だなって。
――改めて今後の公務などへの意気込みをお聞かせください
(彬子さま)私と妹で分担しているお仕事は、もともと父がすべて一人でやってこられた。すごいなと思いますし、少しでも思いを引き継いでいけたらというのが一番大きい目標です。秩父宮妃殿下が書かれたボンボニエール(お菓子入れの小箱)についての本を読んだのがきっかけで秩父宮殿下のなさってこられたことについて改めて知りました。秩父のおじさまの北海道ご訪問記念で始まった宮様スキー大会というのがありますが、秩父宮、高松宮両殿下の思いを父が受け継がれ、私たちに伝わりつながっている重みを強く感じ、それまで何げなく行っていた公務に自分が存在することの意味、皇族が公務をすることの意義を教えていただいたような気がしました。生前の父にそのことを話したら、父も笑って喜んでくださって「ようやくわかったか」という感じで言ってくださった。今後どういう形になるか分かりませんが、その思いはお嫁に行ったとしても忘れないでいたいなと思います。
(瑶子さま)私の場合、父から一般に嫁ぐ身だと言われて育ってきて、最終目標というと変ですが、やはり結婚して一般に嫁ぎたいという思いはあります。皇族の立場である以上、父の仕事を受け継ぐのは基本的に私たち娘です。父がやってこられた仕事を引き継いでいくことが、娘として一番の役割だと思っています。公務や日常生活を通して皆さんに「私はこういう人である」と伝えてきたつもりです。これからあと何年続くか分からない皇族の人生の中で、父のように皆さんに「こういう人だった」と印象に残るような仕事をしていきたいと思っています。
勤務中に喫煙、17人を停職1~3カ月 大阪市水道局
水道局によると、17人は夜間勤務や休日出勤の際、勤務時間中に場内の喫煙場所でたばこを吸っていた。柴島浄水場では、45分間の昼休みや夜と早朝の計60分間の休憩時間を除いて喫煙が禁じられている。
2月に「勤務時間に喫煙している職員がいる」との情報提供があり、水道局の全職員約1700人に書面で調査。同浄水場では聞き取り調査もして、17人の喫煙が発覚した。当初、喫煙の事実を申告しなかった職員は停職期間を長くした。
大阪市は4月、勤務中のたばこの携帯を禁止する方針を決めており、水道局では5月以降、勤務時間中は上司にたばこを預けることにしている。上司が不在の休日や夜間は浄水場長らが抜き打ちで見回っている。
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