被災住職、苦悩深まる3度目の盆 檀家失い酒浸りの日々
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東日本大震災の被災地に3度目のお盆が巡ってきた。犠牲者を供養し、地域の住民をつなぐはずの住職が苦悩を深めている。離ればなれになった人たちの結びつきもなかなか戻らない。
【伊藤喜之】津波に襲われた宮城県北部の集落。かつての家並みは消え、跡地に夏草が茂る。山際の高台に一軒の寺がぽつんと残っている。
津波に耐えた本堂。迎え盆の13日朝、住職(76)がひとり正座し、読経した。
終えると、寺の敷地にあるプレハブ小屋に。墓参りにきた檀家(だんか)に、窓越しに声をかける。「おめえだったか。ご苦労さん」。ただ、小屋から外には出ない。
震災の前は、迎え盆の日に檀家を1軒1軒回っていた。だが、津波で檀家76軒のうち57軒の自宅が流され、12人が死亡。位牌(いはい)も仏壇も流された家が多い。生き延びた家も散り散りになった。
【伊藤喜之】津波に襲われた宮城県北部の集落。かつての家並みは消え、跡地に夏草が茂る。山際の高台に一軒の寺がぽつんと残っている。
津波に耐えた本堂。迎え盆の13日朝、住職(76)がひとり正座し、読経した。
終えると、寺の敷地にあるプレハブ小屋に。墓参りにきた檀家(だんか)に、窓越しに声をかける。「おめえだったか。ご苦労さん」。ただ、小屋から外には出ない。
震災の前は、迎え盆の日に檀家を1軒1軒回っていた。だが、津波で檀家76軒のうち57軒の自宅が流され、12人が死亡。位牌(いはい)も仏壇も流された家が多い。生き延びた家も散り散りになった。
猛暑、ネットスーパーがクール 宅配ならアイス溶けない
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連日の猛暑で、食料品などをインターネットで注文し自宅に届けてもらう「ネットスーパー」の利用が急拡大している。店で買うと持ち帰る間に溶けてしまう
アイスクリームや、重くて持ち帰るのが大変な飲料の注文が目立つ。一方、クーラーは猛暑で壊れたりするケースも出ているといい、販売が急増している。
全国24都道府県145店でネットスーパーを展開するイトーヨーカ堂では、10、11日の利用件数が昨年の同時期より5割増えた。特に飲料や酒類、アイスクリームが好調という。
イオンのネットスーパーでも、5~11日の売上高が昨年より1割以上増えた。「ネットスーパーの市場自体も伸びているが、猛暑で出歩くのを控えた人が増えていることが理由の一つだろう」(広報)とみる。
全国24都道府県145店でネットスーパーを展開するイトーヨーカ堂では、10、11日の利用件数が昨年の同時期より5割増えた。特に飲料や酒類、アイスクリームが好調という。
イオンのネットスーパーでも、5~11日の売上高が昨年より1割以上増えた。「ネットスーパーの市場自体も伸びているが、猛暑で出歩くのを控えた人が増えていることが理由の一つだろう」(広報)とみる。
77歳以上のスーパーチームも 古希野球、熱い戦い
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【松尾由紀】年を重ねても白球を追い続けるおじいちゃんが増えている。70歳以上ばかりの古希野球チームの数はこの20年余りで20倍近くに増え、75歳以上の「グランド古希」チームだけでなく、77歳以上の「スーパー古希」まで登場。甲子園とはひと味違う、熱い戦いを繰り広げている。
「よしっ、まかせっ!」
神戸市東灘区の野球場に大きな声が響く。守備の送球は時折乱れるものの、シートバッティングの打球は外野まで勢いよく飛ぶ。
「よしっ、まかせっ!」
神戸市東灘区の野球場に大きな声が響く。守備の送球は時折乱れるものの、シートバッティングの打球は外野まで勢いよく飛ぶ。
日本兵の遺品返したい 92歳元米兵、戦場で盗み悔いる
【米イリノイ州オーロラ=春日芳晃】太平洋戦争で日本兵の遺体や日本人の民家から日の丸や写真などを盗んだことを悔いる元米兵がいる。戦場の「記念品」として持ち帰ったが、「もっと早く返すべきだった。私が死ぬ前に遺族に届けたい」。日本人の協力者を探している。
イリノイ州のケネス・アドスタッドさん(92)。米軍第4海兵師団で戦車への砲弾や燃料の補給を担当し、1944年夏、マリアナ諸島サイパン、テニアン両島で日本軍と戦った。
サイパンに上陸し進撃すると、焼け落ちたり崩壊したりした日本人入植者の家があった。
仲間の兵士たちは「記念品」として、民家から家財を、日本兵の遺体から時計や銃などを次々と盗んでいった。ケネスさんも民家から大工道具一式を持ち出し、爆風であちこちに散らばっていた日本人の写真を拾い集めた。
司馬遼太郎の直筆、記念館に寄贈 記者時代の思い出寄稿
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【岡田匠】作家、司馬遼太郎(1923~96)が新聞記者時代の思い出をつづった直筆原稿が「京都宗教記者会」で見つかり、記者会が、司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)に寄贈した。
記者会は、西本願寺(京都市下京区) にある宗教担当の記者クラブ。司馬は戦後まもなく在籍し、寺社を取材した。79年に記者会の歴史をまとめる冊子を作った際、司馬は400字詰め原稿用紙5 枚を寄稿し、「雲間から陽(ひ)ざしの落ちる美しい盆地をふりかえっているような印象」「戦争のために学生生活を短くさせられたことの悔いを(中略)いく ぶんは薄めてもらったような実感はある」と回顧していた。
西本願寺職員が昨年、記者室の棚から発見。寺で6日、記念館の上村洋行(ようこう)館長(70)に手渡された。上村さんは「記者会にいた頃、司馬は宗教を通じて日本の歴史を考え直していた。文面から司馬の青春時代が思い浮かび、感慨深い」と話した。
13日から記念館(06・6726・3860)で公開。
記者会は、西本願寺(京都市下京区) にある宗教担当の記者クラブ。司馬は戦後まもなく在籍し、寺社を取材した。79年に記者会の歴史をまとめる冊子を作った際、司馬は400字詰め原稿用紙5 枚を寄稿し、「雲間から陽(ひ)ざしの落ちる美しい盆地をふりかえっているような印象」「戦争のために学生生活を短くさせられたことの悔いを(中略)いく ぶんは薄めてもらったような実感はある」と回顧していた。
西本願寺職員が昨年、記者室の棚から発見。寺で6日、記念館の上村洋行(ようこう)館長(70)に手渡された。上村さんは「記者会にいた頃、司馬は宗教を通じて日本の歴史を考え直していた。文面から司馬の青春時代が思い浮かび、感慨深い」と話した。
13日から記念館(06・6726・3860)で公開。
富山第一、終盤突き放す 高校野球第7日
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