海自最大の護衛艦「いずも」、どう見ても空母なのでは…
海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」が昨夏、進水した。どう見ても空母だが、防衛省は「空母ではない」という。どういうこと?
■能力や構造は空母そのもの
船体の長さ約250メートル。排水量1万9500トン。真珠湾攻撃に参加した旧日本海軍の空母「翔鶴(しょうかく)」「瑞鶴(ずいかく)」に近い大きさだ。
自民党政権下で2010年度予算の概算要求に建造費が盛り込まれ、民主党政権を経て、安倍政権のもとで迎えた進水式に、中国や韓国のメディアは敏感に反応した。「準空母の登場」と報じ、「日本の右傾化の象徴」などと批判した。
いずもは、京都・舞鶴基地所属の「しらね」(5200トン)の後継で、防衛省の説明では「ヘリコプター搭載護衛艦」だ。海自は既に1万トン超のヘリ搭載護衛艦「ひゅうが」と「いせ」を保有。いずもは来春に就役予定で、建造中の同型艦と合わせて4隻を配備する計画だ。先月、閣議決定された中期防衛力整備計画でも、海自の基幹部隊とされる護衛隊群の中核を担う。
ヘリコプター9機を同時に運用できる能力や、艦首から艦尾まで甲板が平らな構造は空母そのものだ。
■能力や構造は空母そのもの
船体の長さ約250メートル。排水量1万9500トン。真珠湾攻撃に参加した旧日本海軍の空母「翔鶴(しょうかく)」「瑞鶴(ずいかく)」に近い大きさだ。
自民党政権下で2010年度予算の概算要求に建造費が盛り込まれ、民主党政権を経て、安倍政権のもとで迎えた進水式に、中国や韓国のメディアは敏感に反応した。「準空母の登場」と報じ、「日本の右傾化の象徴」などと批判した。
いずもは、京都・舞鶴基地所属の「しらね」(5200トン)の後継で、防衛省の説明では「ヘリコプター搭載護衛艦」だ。海自は既に1万トン超のヘリ搭載護衛艦「ひゅうが」と「いせ」を保有。いずもは来春に就役予定で、建造中の同型艦と合わせて4隻を配備する計画だ。先月、閣議決定された中期防衛力整備計画でも、海自の基幹部隊とされる護衛隊群の中核を担う。
ヘリコプター9機を同時に運用できる能力や、艦首から艦尾まで甲板が平らな構造は空母そのものだ。
同居人ら3人を殺人容疑で再逮捕へ 宮崎・女性遺棄事件
宮崎市で昨年10月、切断された女性(当時27)の遺体が見つかった事件で、宮崎県警は7日にも、女性の知人で住所不定、無職東(あずま)竜二容疑者(28)=死体損壊と死体遺棄の罪などで起訴=ら3人を殺人容疑で再逮捕する方針を決めた。捜査関係者が明らかにした。
捜査関係者によると、ほかの2人は、同罪などで起訴されている阿部祐美(まさみ)(22)=宮崎市橘通東1丁目=と、金丸真菜実(23)=同市瀬頭2丁目=の両容疑者。3人は昨年8月、金丸容疑者宅で沢木友美さんに暴行して殺害した疑いがある。沢木さんは金丸容疑者と一緒に暮らしており、東容疑者も同居状態だった。
東容疑者は当初、「口論となって倒した。気付いたら冷たくなった」などと供述。接見した弁護士にも「死亡した数日後に損壊に関わったが、殺してはいない」と話し、その後の調べにも死亡への関与を否定している。
茶道家元宅で火災、妻ら3人やけど 鎌倉
7日午前5時25分ごろ、神奈川県鎌倉市浄明寺5丁目の茶道家、山田長光さん(47)方から出火、木造2階建てを半焼して約1時間半後に鎮火した。山田さんの妻(46)と次女(13)、三女(10)がのどや顔に軽いやけどを負った。県警鎌倉署が出火原因などを調べている。
歯科医院でもポイント還元 患者集め?規制に二の足
歯科医院で治療を受けると、商品券などと交換できるポイントがもらえるしくみが広がっている。国民の医療費が、治療とは直接関係ない患者集めに使われている可能性がある。患者にポイントを与えることで実質的な値引き競争につながり、全国で一律であるはずの医療の価格に差ができ、質の格差も生まれかねない。厚生労働省も、対策を慎重に検討している。
歯科ポイントのしくみは、東京都渋谷区の 歯科コンサルタント会社が2006年から運営を始めた。同社によると、全国約6万9千ある歯科医院のうち、加盟しているのは約400。加盟医院で治療を受 けた患者は、同社のウェブサイト上で治療や設備の満足度について6問のアンケートに答え、歯科医院の口コミを書き込むと、治療内容によって100円~1万 円相当のポイントをもらえる。
ポイントの付け方は、歯科医院に任せられているため、患者の勧誘に活用できる。1回の治療で100ポイントをつける医院が多く、初診時や検診1回 につき500ポイント、患者を紹介すると1千ポイントをもらえる医院もある。500ポイントたまると1ポイント1円として、商品券や電子マネーに交換できる。
「1万ポイント=1万3千円」などと、歯科医院は運営会社からポイントを事前に買い取る。または患者が口コミをした後、例えば100ポイントにつき300円を支払う方法もある。いずれも保険料や税金からなる診療報酬が使われているが、歯科医院は支払った金額を取り戻すために不必要な治療をして医療費の無駄につながる恐れが指摘されている。
歯科ポイントのしくみは、東京都渋谷区の 歯科コンサルタント会社が2006年から運営を始めた。同社によると、全国約6万9千ある歯科医院のうち、加盟しているのは約400。加盟医院で治療を受 けた患者は、同社のウェブサイト上で治療や設備の満足度について6問のアンケートに答え、歯科医院の口コミを書き込むと、治療内容によって100円~1万 円相当のポイントをもらえる。
ポイントの付け方は、歯科医院に任せられているため、患者の勧誘に活用できる。1回の治療で100ポイントをつける医院が多く、初診時や検診1回 につき500ポイント、患者を紹介すると1千ポイントをもらえる医院もある。500ポイントたまると1ポイント1円として、商品券や電子マネーに交換できる。
「1万ポイント=1万3千円」などと、歯科医院は運営会社からポイントを事前に買い取る。または患者が口コミをした後、例えば100ポイントにつき300円を支払う方法もある。いずれも保険料や税金からなる診療報酬が使われているが、歯科医院は支払った金額を取り戻すために不必要な治療をして医療費の無駄につながる恐れが指摘されている。
(いいね!世界イチ?)人口1人、究極のおひとりさま
■約2000人→1人―ビュフォードの人口。ピーク時は鉄道の建設作業員らが生活。1992年、サモンズさんだけに
家族と離れての海外赴任。仕事は楽しいけれど、ふと寂しくもなる。そんなとき、人口1人の「街」で通算15年以上、独り暮らした人がいると聞いた。究極の「おひとりさま」に教えを請うた。
零下20度。凍りついた路面にハンドルをとられ、ひやりとする。米北西部ワイオミング州の州都シャイアンから高速道で約30分。緑色の看板が見えてきた。
「ビュフォード 人口1人 標高8千フィート(約2440メートル)」。面積4万平方メートル余、東京ドームより小さい。行政機能はないが、郵便番号も割り振られ、住所の上では一つの「街」だ。
看板近くにぽつんとある小さな雑貨店。飲み物や日用品が並ぶ店内で、ベトナムコーヒーを片手に男性2人が親しげに話し込んでいた。頭をそり上げた 体格のいい男性が、ドン・サモンズさん(63)。この物語の主人公だ。もう1人は隣町の男性客(60)。常連さん? 「いや、会ったばかりさ」。男性は 笑った。
「だから小さな街はいいんだよ」。サモンズさんは語り始めた。
ロサンゼルス近郊で引っ越し業を営んでいた1980年、自然を愛する女性とビュフォードの約5キロ南に移り住み結婚。どこまでも続く平原。西部劇に出てくるような美しい山並み。乗馬やキャンプを楽しんだ。
ベトナム帰還兵。「ゲリラ兵が隠れる茂みもない広い場所にひかれた」と、後に心理学者に言われた。自覚はないが、心が解き放たれたのは確かだ。
だが、幸せは続かなかった。歯車がかみ合わなくなった妻は89年、5歳の息子を連れ家を出た。親権争いに疲れた92年、サモンズさんはビュフォードが街ごと売りに出されたと知る。
街の由来は、南北戦争終 結翌年の1866年に整備された軍の基地。ゲティズバーグの戦いで指揮を執った北軍少将の名をとった。鉄道建設で栄えたが、鉄道網が西へ広がると最大2千 人いた人口は急減、ついに一家族だけに。そんな半ば寂れた街に、サモンズさんは15万5千ドル(約1600万円)をはたいた。息子と一緒に暮らすためだっ た。
だが多感な時期の息子は反抗し、17歳で家を出た。
◇
それでも、サモンズさんは街に残った。引き継いだ雑貨店が生きがいだった。
1日2~3人、売り上げ70ドル程度だった店は、品ぞろえを増やすうち客足が伸び、売上高は年約100万ドル超に。「難しい顔のお客には笑顔で帰ってもらうようにした。おかげでスイスや日本にも友達ができた」
家族と離れての海外赴任。仕事は楽しいけれど、ふと寂しくもなる。そんなとき、人口1人の「街」で通算15年以上、独り暮らした人がいると聞いた。究極の「おひとりさま」に教えを請うた。
零下20度。凍りついた路面にハンドルをとられ、ひやりとする。米北西部ワイオミング州の州都シャイアンから高速道で約30分。緑色の看板が見えてきた。
「ビュフォード 人口1人 標高8千フィート(約2440メートル)」。面積4万平方メートル余、東京ドームより小さい。行政機能はないが、郵便番号も割り振られ、住所の上では一つの「街」だ。
看板近くにぽつんとある小さな雑貨店。飲み物や日用品が並ぶ店内で、ベトナムコーヒーを片手に男性2人が親しげに話し込んでいた。頭をそり上げた 体格のいい男性が、ドン・サモンズさん(63)。この物語の主人公だ。もう1人は隣町の男性客(60)。常連さん? 「いや、会ったばかりさ」。男性は 笑った。
「だから小さな街はいいんだよ」。サモンズさんは語り始めた。
ロサンゼルス近郊で引っ越し業を営んでいた1980年、自然を愛する女性とビュフォードの約5キロ南に移り住み結婚。どこまでも続く平原。西部劇に出てくるような美しい山並み。乗馬やキャンプを楽しんだ。
ベトナム帰還兵。「ゲリラ兵が隠れる茂みもない広い場所にひかれた」と、後に心理学者に言われた。自覚はないが、心が解き放たれたのは確かだ。
だが、幸せは続かなかった。歯車がかみ合わなくなった妻は89年、5歳の息子を連れ家を出た。親権争いに疲れた92年、サモンズさんはビュフォードが街ごと売りに出されたと知る。
街の由来は、南北戦争終 結翌年の1866年に整備された軍の基地。ゲティズバーグの戦いで指揮を執った北軍少将の名をとった。鉄道建設で栄えたが、鉄道網が西へ広がると最大2千 人いた人口は急減、ついに一家族だけに。そんな半ば寂れた街に、サモンズさんは15万5千ドル(約1600万円)をはたいた。息子と一緒に暮らすためだっ た。
だが多感な時期の息子は反抗し、17歳で家を出た。
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それでも、サモンズさんは街に残った。引き継いだ雑貨店が生きがいだった。
1日2~3人、売り上げ70ドル程度だった店は、品ぞろえを増やすうち客足が伸び、売上高は年約100万ドル超に。「難しい顔のお客には笑顔で帰ってもらうようにした。おかげでスイスや日本にも友達ができた」
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