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Monday, 19 May 2014

The Asahi Shinbun 20-May-2014


片山被告を勾留へ PC遠隔操作事件 関与すべて認める

 

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 パソコン(PC)遠隔操作事件で、威力業務妨害などの罪に問われている片山祐輔被告(32)=保釈、公判中=が19日夜、自ら弁護団に電話をして「自分が犯人です」と話し、10事件すべてについて関与を認めたことがわかった。20日、弁護団が明らかにした。東京地裁は同日午前、片山被告の保釈を取り消した。再び勾留される見通しだ。

片山被告は同日午前11時前、弁護士事務所から東京地検の検事らに連れられて車に乗り込み、その後、地検に入った。
 弁護団によると、電話があったのは19日午後9時半ごろ。片山被告は「死のうと思ったが死にきれなかった。先生、申し訳なかった。犯人です」など と話したという。20日朝から弁護士事務所で面会した際も「河川敷に埋めた携帯(スマートフォン)がまさか見つかると思わなかった」と説明。一連のPC遠隔操作事件について「やってみたら簡単にできてしまった」と話したという。弁護団は起訴内容をすべて認める方針に転換する。
 一連の事件をめぐっては、今月16日に「真犯人」を名乗るメールが報道機関などに送られてきた。片山被告の無実を示唆する内容だったが、河川敷に スマートフォンを埋める片山被告の姿が目撃されていたことなどから、捜査当局はこのメールは片山被告自身が送ったものだと断定。東京地検が19日、地裁に保釈の取り消しを求めていた。
 PC遠隔操作事件では2012年6~9月、大量殺人や爆破などの予告がメールなどで送信された。当初、警視庁神奈川県警、大阪府警三重県警が4人の男性を誤認逮捕し、謝罪する事態になった。警視庁などは13年2月に片山被告を威力業務妨害の疑いで逮捕。東京地検は同年6月までに10件の事件で起訴した。片山被告は公判でも「真犯人にPCなどを遠隔操作され、犯人に仕立てられた」などと訴え、逮捕から一貫して無実を訴えていた。
     ◇
 《パソコン(PC)遠隔操作事件》 2012年、インターネット上に無差別殺人や小学校襲撃の予告が書き込まれた事件で、IPアドレスなどの捜査 をもとに男性4人が逮捕されたが、その後、PCが遠隔操作されていたことが判明。「真犯人」を名乗る人物が弁護士らに犯行声明メールを送り、事件への関与 を告白。警察庁が4人の誤認逮捕を認めた。片山祐輔被告は13年2月、警視庁などに威力業務妨害容疑で逮捕され、誤認逮捕につながった事件など計10事件で起訴されたが、一貫して無罪を主張。今年3月に保釈された。







片山被告が送ったと認めた真犯人装ったメールの抜粋

 

■片山被告が今月16日に送ったとされる「真犯人」を装うメール(抜粋)
 はいタイトルはウソでーーーす\(^o^)/。ご安心ください。あ。真犯人です。お久しぶりですね^^
 何でタイミングでの登場かというと、片山氏が報道ステーションやネットに出てるのを見てかわいそうになったから。
 有罪判決が出たら、誤判した地裁をプギャー(=あざけ笑い、ネット用語)した上で助けてあげる予定だったんですが、保釈されてしまった上に、弁護団が最強っぽいので無罪出そうな空気…






ポール・マッカートニーさん全公演中止 再来日で調整へ

 

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 半年ぶりの日本公演(朝日新聞社など主催)のために来日し、その後体調を崩していた元ビートルズポール・マッカートニーさん(71)が、東京・国立競技場での公演に続き、21日の東京・日本武道館、24日の大阪・ヤンマースタジアム長居の両公演についても取りやめ、全公演中止が決まった。招聘(しょうへい)元のキョードー東京が20日、発表した。
 チケットの払い戻しは22日から6月9日まで購入先で受け付ける。キョードー東京は「早期再来日公演の実現に向け、アーティスト側と協議していく」としている。
 ポールさんは来日後の16日に体調を崩し、ウイルス性炎症と診断された。関係者によると、滞在先のホテルで静養中で回復には向かっているが、長時間のステージでの演奏は困難との判断に至ったという。
 ポールさんは「国立競技場に続いて、今後の公演も中止することは、僕にとっても非常に残念です。みなさんにまた近いうちに会えることを信じています」などとコメントを出した。
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ポール・マッカートニーさんは日本ツアーの公式フェイスブックなどでコメントを発表した。内容は次の通り。

 昨年11月、ここ日本で素晴らしい時を過ごして以来、また演奏できることをとても楽しみにしていました。国立競技場に続いて、今後の公演も中止することは、僕にとっても非常に残念です。日本のファンの皆さんからの愛、励ましのメッセージと理解に感謝しています。

 みなさんにまた近いうちに会えることを信じています。

 愛を込めて

ポール

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■「元気になって戻ってきて」
 ポールさんの体調回復を祈り、24日の大阪公演を待っていた関西のファンは「元気になって戻ってきて」とエールを送った。
 昨年の大阪公演でポールさん(71)の自画像を描き直接手渡したというスロベニア出身の画家、レオン・テラシマさん(39)=大阪市中央区=は「今年はステージで歌うポールの絵を渡したかった」と嘆いた。「ポールはほとんど休んでない。昨年は水も飲まずにライブをこなしていたが、疲れがたまっていたのだろう。ゆっくり休んでほしい。次回、待ってます」
 ビートルズのコピーバンドが出演し、全国からファンが集う大阪市北区のライブハウス「キャバンクラブ大阪」の安次富(あじとみ)健太店長(29)は、昨年11月の大阪公演の際は店を休んで会場に駆けつけた。「すばらしい内容だった。ポールにはなによりも体調を優先して、元気に長生きしてほしい」

■誰よりも悔しいのは本人では
 《ポールさんと親しい音楽評論家・湯川れい子さん(78)の話》 誰よりも悔しいのはポール本人ではないでしょうか。今回の日本公演、特に日本武道館の コンサートに向けては、相当入念にリハーサルを重ねてきたと聞いています。だからこそ絶対に出演しようと、最後の最後まで頑張ったのではないでしょうか。 でも公演中止になっても、日本のファンは大騒ぎせず、ポールの体調を心配してくれる。ファンに愛されているんだということを改めて知ったのではないでしょ うか。元気で私たちの前で再び歌ってくれることを心から祈っています。







車止めようと誤ってアクセル? 福岡・田川の暴走事故

 福岡県田川市で露天商の男性(77)の軽ワゴン車が暴走し、歩行者ら11人がけがをした事故で、男性が、「動き出した車を止めようとブレーキを手で押そうとした」と話していることが捜査関係者への取材でわかった。男性はこの際、アクセルを手で誤って押してしまった可能性があるという。
 事故に巻き込まれた人たちは、車の発進時にアクセルを踏み込んだような大きなエンジン音を聞いたと話しており、県警は事故の状況を詳しく調べている。
 捜査関係者によると、男性はドアを開けた状態で、運転席には座らずに車のエンジンをかけた。車が急に動き出したため、車を止めようと男性は倒れ込みながら、ブレーキを押すために手を伸ばしたらしい。その際、アクセルに手が当たった可能性があるという。
 男性の車は1995年式のマニュアル車。旧式で、クラッチを踏んでいなくてもエンジンがかかる構造だった。ギアが入っていたため、エンジンがかかったのと同時に車が動き出したものと県警はみている。
 男性は暴走した車が電柱に当たった際に運転席のドアと車に挟まれ重傷を負った。県警は男性の回復を待って詳しく事情を聴く方針。






警官の親はオレオレ詐欺にひっかかるか 新潟県警が実験

 

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 オレオレ詐欺の被害が急増していることを受け、新潟県警生活安全企画課と捜査2課は19日、両課の警察官が別の警察官の親に子どもを装って電話をかけ、どんな場合にひっかかるかを調べる「実証実験」を行った。果たして結果は――。
 県内では今年に入り、4月末までにオレオレ詐欺被害が23件と、昨年同期の11件と比べて2倍以上だ。
 両課の警察官の県内に在住する親(60代後半~70代)に、両課の別の男性警察官2人が息子や関係者を装い、新潟市中央区の県警本部から電話をかけた。







福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明

 

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 東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。

■所員9割、震災4日後に福島第二へ
 吉田調書や東電の内部資料によると、15日午前6時15分ごろ、吉田氏が指揮をとる第一原発免震重要棟2階の緊急時対策室に重大な報告が届いた。2号機方向から衝撃音がし、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったというものだ。2号機の格納容器が破壊され、所員約720人が大量被曝(ひばく)するかもしれないという危機感に現場は包まれた。
 とはいえ、緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していなかった。この時点で格納容器は破損していないと吉田氏は判断した。
 午前6時42分、吉田氏は前夜に想定した「第二原発への撤退」ではなく、「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待 機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」
 待機場所は「南側でも北側でも線量が落ち着いているところ」と調書には記録されている。安全を確認次第、現場に戻って事故対応を続けると決断したのだ。
 東電が12年に開示したテレビ会議の録画には、緊急時対策室で吉田氏の命令を聞く大勢の所員が映り、幹部社員の姿もあった。しかし、東電はこの場面を「録音していなかった」としており、吉田氏の命令内容はこれまで知ることができなかった。
 吉田氏の証言によると、所員の誰かが免震重要棟の前に用意されていたバスの運転手に「第二原発に行け」と指示し、午前7時ごろに出発したという。 自家用車で移動した所員もいた。道路は震災で傷んでいた上、第二原発に出入りする際は防護服やマスクを着脱しなければならず、第一原発へ戻るにも時間がか かった。9割の所員がすぐに戻れない場所にいたのだ。
 その中には事故対応を指揮するはずのGM(グループマネジャー)と呼ばれる部課長級の社員もいた。過酷事故発生時に原子炉の運転や制御を支援するGMらの役割を定めた東電の内規に違反する可能性がある。
 吉田氏は政府事故調の聴取でこう語っている。








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