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 21日開幕の第86回選抜高校野球大会に沖縄から沖縄尚学と美里工が、鹿児島・奄美から大島が出場する。「琉球弧」と呼ばれる南西諸島に属する沖縄と奄美。ともに米軍統治下にあり、本土との試合がままならなかった時代には、両地域の学校同士で野球の交流がはかられた。当時の球児たちは60年余の時を経て、初めて一緒に甲子園の舞台に立つ後輩たちに、熱い視線を送る。
 戦後すぐの沖縄は、まともなグラウンドすらなかった。雨のように降り注いだ艦砲弾によって、地形から変わり果てていた。
 そんな中、当時糸満高野球部にいた知念繁夫さん(83)=沖縄県浦添市=は、米軍が使わなくなったプロテクターやスパイクをつけて練習した。サイズは合わず、ぶかぶか。でも、「野球ができる幸せをかみ締めていた」。
 激しい空襲に遭った奄美でも、戦後は野球が一番の娯楽だった。大島中(現・大島高)では年に数回、社会人チームと米軍の親善試合があり、生徒に加えて、大勢の島民が観戦した。
 ただ、当時は沖縄も奄美も米軍統治下にあり、本土のチームと試合をできる状況ではなかった。