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Saturday, 31 May 2014

The Asahi Shinbun 1-June-2014


全国各地、午前から暑い! 猛暑日予想で高温注意情報も

 全国的に高気圧に覆われ晴れ間が広がった1日午前、前橋市福島市鳥取市などで32度、東京都心でも30度を超すなど各地で真夏日となった。
 気象庁茨城県山梨県愛知県大阪府福岡県など最高気温が35度以上になることが予想される18府県に高温注意情報を出した。こまめに水分補給したりエアコンをつけたりするなどして熱中症への注意を呼びかけている。2日も九州などをのぞいて全国的に晴れが続く見込みだという。







4K、2日から試験放送 投資多額、民放は及び腰

 

 きめ細かな高画質の映像が見られる「4K放送」の試験放送が、6月2日から始まる。政府はIT戦略に盛り込んで後押しし、家電業界もテレビの買い替えが進むと歓迎する。ただ、番組をつくるテレビ局は多額の費用を嫌って及び腰だ。
 「2020年の東京五輪では、迫真迫力の映像を楽しんでいただけるよう実現を期したい」
 新藤義孝総務相は5月20日の記者会見で、4K放送を推進していくことを強調した。総務省の狙いは、テレビや受信機などの家電製品だけでなく、番組も含めたオールジャパンの国際競争力を強めることにある。16年には本放送に加え、より高画質の「8K放送」の試験放送も計画する。






2号機の危機、吉田氏から電話 細野氏証言、調書と符合

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 福島第一原発の最前線で事故対応を指揮した吉田昌郎所長との連絡役を務めた細野豪志氏。その証言は「吉田調書」に残る吉田氏の言葉と重なり合う。

■携帯へ2度の電話
 細野氏が吉田氏と携帯で連絡をとり始めたのは2011年3月12日に第一原発1号機が爆発してからだ。
 細野証言によると、第一原発からの撤退問題が浮上する14日夜、細野氏は吉田氏から2本の電話を受けた。午後7~8時ごろとみられる。
 「吉田1F所長」。細野氏の携帯に表示が出た。吉田氏からかかってきたのは初めてで、「ことの重さを感じた」という。官邸5階の首相応接室を外して電話に出た。
 「吉田です」。その声は深刻そうな響きを伴っていたが、ゆっくりと落ち着いていた。電話の向こうはざわざわしていた。
 
 
 

「頑張れる」吉田氏の判断尊重 事故対応、細野氏が証言

 

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 東京電力福島第一原発の事故に首相補佐官として対処し、吉田昌郎(まさお)所長(故人)との連絡役を務めた細野豪志氏が3時間近くにわたって朝日新聞のインタビューに応じた。原子炉が暴走する中で第一原発からの撤退に傾く東電本店と、現場に踏みとどまり食い止めようとする現場責任者の吉田氏の間に温度差を感じ、吉田氏の判断を尊重するべきだと菅直人首相に進言した経緯を詳細に語った。

朝日新聞は、吉田氏が政府事故調査・検証委員会に答えた「吉田調書」の中で細野氏に言及した部分を提示し、インタビューした。細野氏は事故対応の取材にほとんど応じてこなかったが、事故から3年以上が過ぎ、「記憶の限界に来ている。そろそろ話さなければいけない」と考えていた矢先に吉田調書報道を見て、証言を決心したという。
 細野氏が吉田氏と本店の間に最も温度差を感じたのは事故発生3日後の2011年3月14日夜、2号機原子炉に冷却用の水を入れられなくなった後だ。この時、細野氏は吉田氏から電話が2回あったと証言した。







東京女子医大、鳴らぬ火災警報機放置 3年前まで28年

東京女子医大(東京都新宿区)で28年間、火災警報装置が鳴らない状態になっていたことが医大関係者への取材でわかった。火災でないのに誤って鳴るトラブルをきっかけに、歴代の防災担当者が鳴らない設定にしていたという。3年前に火災が起きて発覚するまで医大は放置していた。
 医大中央校舎で2011年9月7日夕、8階の実験準備室から出火し、東京消防庁が消し止める火災があった。複数の医大関係者によると、このとき、煙や熱を感知すると警報音が自動的に鳴る「地区音響装置」が作動しなかった。
 医大が調査したところ、他の校舎や入院患者がいる病棟など約30棟の全施設で、施設ごとに鳴る仕組みの警報がいずれも鳴らない状態だったことが判 明。医大病院側から「たびたび誤って鳴り、うるさい」と苦情が出て、1983年4月、防災担当職員が鳴らない設定にし、その後も歴代の担当者が「申し送 り」で引き継いでいたという。








アユ、温暖化で小型に? 産卵遅くなり海で成長しきれず

 

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 全国の河川で漁期を迎えているアユ。近年は釣り人や漁師から「小さくなった」との声が相次いでいる。秋に産卵する一年魚だが、温暖化による川の水温上昇で産卵期が遅れ、海で成長しきれないまま遡上(そじょう)するアユが増えているようだ。
 6月にアユ釣り解禁を迎える富山県の庄川で県水産研究所が調べたところ、アユの体長は1990年代に15~18センチあったのが、2000年代はそれより2~3センチ小さかった。那珂川(栃木県)、神通川富山県)、四万十川(高知県)など全国を訪れる岐阜県郡上市のアユ釣り名人・白滝治郎さん(56)も「海から遡上するアユが、昔より小さくなった感じがする」と話す。
 同じような声は全国の釣り人からも聞かれ、25都県の水産研究機関が集まる全国湖沼河川養殖研究会の部会は、遡上と海へ下る「降下」の時期を調 べ、今年3月に中間報告を出した。遡上の時期は河川や年によって早まったり遅くなったりしていたが、降下は90年ごろから全国的に年々遅れる傾向が見られ た。長良川岐阜県)では、降下のピークが95~96年は10月中旬~11月上旬だったが、昨年はそれより1カ月遅かった。







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