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Saturday, 18 October 2014

The Asahi Shinbun 19-Oct-2014


子どもの甲状腺検査、問題も 「がんの疑い」心身に負担


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 東京電力福島第一原発事故に伴う住民への健康対策を提言する環境省の専門家会議の中間とりまとめの概要がわかった。福島県が実施する子どもの甲状腺検査について、がんではないのにがんの疑いと判定されることで心身に負担を与えてしまうなどの問題を指摘し、今後のあり方を十分に議論するよう求めている。
 専門家会議は、原発事故子ども・被災者支援法に基づき、昨年11月に設置された。年内に中間とりまとめをし、福島県内外の住民に対する当面の健康対策や医療支援策を政府に提言する。そのたたき台が20日の会合で示され、最終的な詰めの議論に入る。
 たたき台によると、福島県の住民の被曝(ひばく)線量はチェルノブイリ原発事故と比べ「はるかに小さい」とし、甲状腺がん以外のがんは増加が予想されないとの見解を示した。甲状腺がんは、一部の子どもでリスクが若干増加する可能性が理論的にはあるとし、甲状腺検査を実施して見守る必要があるとした。





騎手の卵が競走馬育成 愛情注ぎ世話、レース出場めざす

 

 競馬の騎手課程コースがある千葉県八街市沖の東関東馬事高等学院で、今秋から競走馬の育成を始めた。ブラッシングなど体の手入れや鞍(くら)をつけて乗れるようにする訓練を生徒が行い、将来的には競馬場でのレース出場を目指す。
 同学院は2008年4月に設立された。3年制で、競馬の騎手を目指す騎手課程特別受験対策専門コースや厩務(きゅうむ)員を目指す競走馬育成専門コース、馬術選手専門コースがあり、乗馬や馬の世話をしながら学ぶ一般高校コースもある。
 子馬から競走馬を育てることは生徒に貴重な体験となり、騎手や厩務員を目指す生徒の大きな刺激になるとの判断で、導入された。






乳房再建で傷痕残らない新手法 皮膚伸ばし、自然な形に

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 乳がん手術で切除した乳房を、特殊な装置で吸引して皮膚を伸ばし、おなかの脂肪を注入して再建する臨床研究が進められている。再建では体に傷痕が残らず、自然な乳房になるという。
 装置はプラスチック製でブラジャーのような形。カップを胸に装着し、モーターでカップ内の気圧を下げ、皮膚を引っ張って伸ばす。もともと美容医療の豊胸で用いられている方法だ。
 横浜市立大市民総合医療センターは、新しい乳房再建の臨床研究として、この2年間で約80人に実施した。脂肪注入の前後に4週間ずつ、胸に装置を1日10時間つける。皮膚を伸ばした後、おなかや太ももから吸引した脂肪を針で胸に注入する。数時間で終わり、入院の必要はない。







政治に熱気、学生の本気 慶大生が見た香港デモ

 

 香港の中心部で続く学生たちのデモを見るために、ひとりの大学生が現地に飛んだ。ここ数年、もっと政治に参加しようと同年代に訴える活動を続け、壁にぶつかり、悩んできた。彼の目に、香港で熱く政治を語る若者たちは、どう映ったのか。
東京都文京区在住の慶応大2年、青木大和(やまと)さん(20)。デモが大きく盛り上がった今月4日に香港に入り、7日に帰国した。
 青木さんは若者の政治への関心を高めようと活動している。学生団体「僕らの一歩が日本を変える。」を2年前に立ち上げ、国会議員と高校生の対談イベントなどを開く。「学生が仕掛ける香港デモに、日本の若者を動かすためのヒントがないか」。それが現地入りの目的だ。







寝たきりのゾウ、再び歩む日まで リハビリ奮闘

 

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 脚の骨折で寝たきりになっている豊橋総合動植物公園愛知県豊橋市)の雌のアジアゾウ「マーラ」。1年を超えるリハビリで、プールの中では自由に動き回れるまで回復した。ただ骨折後、自力で歩けるようになったゾウは国内では過去に例がない。先月、3歳になったばかりのマーラと飼育員たちの奮闘は続く。
「寝たきりのまま死ぬのを待つことはできない。もう一度、自分の力で歩くマーラの姿を見てほしい」。飼育員の梅田秀夫さんはリハビリにかける思いをそう語る。
 同園にとって、ゾウの誕生は悲願だった。2003年に雌が出産の失敗などで死に、残された雄のため、09年、東京・上野動物園から雌の「アーシャー」を借り受けた。11年9月、アジアゾウでは国内で4例目となる出産にこぎつけた。





JR信越線脇野田駅、現駅舎とお別れ 大正10年開業

 

 北陸新幹線上越妙高駅西側に移転する新潟県上越市大和2丁目のJR信越線脇野田駅が18日、現駅舎での最後の営業を迎えた。90年余りの歴史に幕を閉じる駅を見ようと、市内外から多くの人が訪れ、別れを惜しんだ。
1921(大正10)年に開業した脇野田駅は、1日平均の乗車人員が昨年度139人と小さな駅だが、この日は入場券だけでも夕方までに200枚以上売れた。訪れた人たちは、大正時代から残る駅舎を撮影したり、ホームで列車の写真を撮ったりしていた。
 近くに住む栃沢勇さん(70)は「蒸気機関車の時代から利用している。大正の匂いが残る駅がなくなるのは寂しい」。山梨県から来た男性(25)は「残ってほしかった」と話した。
 駅は120メートル離れた上越妙高駅西側に移設され、19日から新駅舎での営業を始める。現駅舎は11月中旬ごろに取り壊される予定だ。(上嶋紀雄)








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